昂樹20歳になりました!!

トライアングルに入会して20年!ダウン症を持つ子のお母さんになって20年!
今年度で終わる事務局からこの原稿の依頼を受けて、今まで先輩方の報告を拝見してきたけれど20歳の報告をこの会報でするのも最後になるのか・・・と色々思い返すと寂しい気持ちもありますが良い機会をいただきました。

息子の昂樹は2006年3月4日、胎児心音低下により緊急帝王切開で2002gで生まれました。合併症はなかったものの、ダウン症の子には珍しく先天性両内反足でした。
胸に抱くことすら叶わず緊急搬送されNICUに入院。初めての出産に色々な期待を抱いていた私には予想外の事だらけの出産となり、とにかく早くこの目でしっかり我が子を見たくて、出産翌日痛い体を引きずり搬送先の病院に行きました。
保育器の中の我が子を見る私たち夫婦に小児科医から『正期産でありながら小さく生まれた事、手足の特徴から染色体異常の可能性がある。検査を受けませんか?』と言われ、どこかでそんなはずはないと思う気持ちもあり『お願いします』と即座に答えると同時に自分の身体が地面に埋もれていくような感覚は今も記憶に残っています。

そこから始まったダウン症育児、私は思い描いていた育児との違いになかなか受け入れることができずにいました。生後6カ月頃のある時、私を見てニコッと笑ってくれた昂樹の笑顔にハッとし、この子のお母さんは私だけなのに毎日泣き顔ばかり見せて私は何をしているのだろう・・・と、そこから少しずつ前に動き出しました。
同じ境遇の子を持つ親とは共感できることがあり、きっと私自身を支えてもらえるからと父に勧められてトライアングルに入会。児童福祉センターでのお遊び会にも参加しだしました。(当時お遊び会終了後、みんなで撮った写真は母親の心の内が表情に現れていて、私達の暗黒の時期と今では笑いのネタになっています)
今、私たちが幸せだと思い生活していけているのは、今も親戚並みに気の許せるお遊び会で知り合うことができた仲間のおかげです。 障がい児育児に共感しあい、時には笑い、気兼ねなく泣ける場ができ、そこからぐんぐんと障がい児教育に奮闘し、トライアングル事務局の皆さんには色々知恵をもらい、立ち止まりそうになれば背中を押してもらい、みんなで共に乗り越えてきました。
『その場、その時間を共有することの大切さ』この思いだけを軸に健常児と同じように幼稚園、小学校、中学校と過ごし、支援学校を経て今は2カ所の事業所に通っています。

事業所を終えた余暇にはヘルパーさんと銭湯(しっかり常連さんとも風呂友!)や支援学校の友達とヘルパーさんと一緒にカラオケやボウリングを楽しみ、運動のためテニスにも通っています。

先日開催された『京都市はたちを祝う記念式典』に参加し、その夜には中学校の同窓会にも参加しました。 小中一貫教育校だったので、私にとっても9年間我が子同様に成長を見守ってきた子達が立派になっていて、でもどこか面影のある姿に嬉しくて私が同窓会の気分でした。
昂樹は親の私から見ても引きの強い子で、人に恵まれ、愛されてきました。 同窓会の集合写真で200人ほどの中、センターでみんなに囲まれている様子は大きな花束のようにも見え、周りの子どもたちと共に良い影響を与え合ってきたのだと感じました。

長いようで、あっという間の20年。
泣いてばかりだった私も今ではこんなに図太くなって、まさか自分の人生がジェットコースターのようになるなんて想像もしていなかったけれど、今こうして振り返ってみるといっぱい笑って過ごせているし、健常児の子育て以上に幸せだと実感させてもらえる事も多かったのかもしれません。 まだまだこれから長い昂樹の人生を、より豊かな生活が送れるように伴走していきたいと思っています。 

栗田 智子