
元治は35歳になる2018年の4月から、実家から歩いて15分の所で、日本自立生活センター自立支援事業所の支援を得て、自立生活をはじめました。
ヘルパーさんは月・火・金・土の午後6時から3時間と火曜日の午前11時から2時間30分、土曜日の午前11時から2時間、支援に入ってもらっています。月曜日の午前11時半から4時間はガイドヘルパーさんとドラムのレッスン、昼食、カラオケを楽しんでいます。水・木は朝から午後5時まで仕事で老人介護施設に行き、帰りが6時過ぎになるので、実家に帰ってきています。日曜日は朝に自室から実家に帰り1日過ごし、月曜日のドラムのレッスンには実家から行き、自室へ帰ります。
このペースが合併症が多い元治の体調にも合い、とても良い日常生活を送っていると思います。
自立生活のために特別に練習したことは何もありません。始めてから、洗濯が完璧にできるまで洗濯機の買い替えなど4年かかりました。他にも炊飯器の使い方など始めてからできるようになったことがたくさんあります。「できるようになってから」と考えるより、やりながら習得するほうが、ずっと早くうまくできます。親が教えるより、ヘルパーさんから教えてもらう方が、素直に入ります。タブレットの使い方もヘルパーさんが教えてくれました。
地域で自立生活をめざすきっかけは、12歳の時に6歳年上の姉が家を出て、一人暮らしを始めた部屋を見たことです。その時に何の気なしに聞いた「元治も一人暮らししたい?」に、大きくうなずいた時の輝いていた元治の顔に、いたく感動し、できるならばやらせてみるのも有りかも、と思ったのをよく覚えています。元治としては漠然とした「あこがれ」だったのではないか、と思います。でも、その時、すでに「一人暮らし」に家族で向かい始めていたのだと思います。
障害があると分かった時から、親心に一番のしかかるのは「親なきあと」です。元治がダウン症と診断後、たくさん集めた情報の中に、知的障害者の自立生活の話しはありませんでしたし、制度的にも整っていませんでした。
また、網膜剥離やその後に発症した円錐角膜で目が見えなくなったり、腎臓病を発病したりと体調が悪く、これでは自立生活は無理かもと、私の気持ちの整理もできず、また、同居していた母の介護、家族の病気と、実際に自立生活実現まで23年もかかりました。
自立生活とか、一人暮らしとか言いますと、親から離れていく印象ですが、親子関係の中身はそれまでと何らかわることはありません。
地域で自立生活をすることのメリットは、いつでも実家に帰って来れる、ということです。本人が帰りたいと思うかは別ですが、親だって行けるわけです。断られることが増え、用事は窓越しになますが。でも、元治は朝の「おはよう」と夜の「おやすみ」の電話は今でも毎日かけてきます。
自立生活を始めて、一番良かったことは、元治の「楽しい‼」という言葉から伝わってくる「元治の心が自由に動いている」ということです。
親の必要以上な心配、干渉、いつも監視されている圧迫、から逃れ、元治自身が「僕は僕なんだ」と心と身体で受け止めていることを私が感じられ、とても嬉しく思っています。
次に良かったことは、自室で、一人で過ごすことで、彼なりに考えなければならないことが増え、結果出来ることが増えている事です。こんなにできるとは、予想していませんでした。そして、自分で考え、行動することを楽しみ、自信につながっていることも元治の顔を見ていればわかります。実家に帰ることになっている日はいやがることもなく帰ってきます。そのほかの日は絶対帰ってこないし、熱があるから実家で、もいやがりますが、特に親子関係が希薄になった感覚は全くありません。むしろ良くなったと思っています。
たくさんの合併症については、通院は今も親がしていますし、時々生活もみていますから、今はまだ、完全に手放した感はありません。完全に手放すのは、きっと、私が死ぬ時だと思います。親ですから、それでいいと思っています。
でも、お願いできる場所があることで得た私の心の安定と安心は、障害のある子の子育ての最終目的がほぼ達成された証明でもあります。
