生まれようとしている命を選別しないで

「生まれようとしている命を選別しないで」佐々木和子(京都ダウン症児を育てる親の会・グループ生殖医療と差別)

京都ダウン症児を育てる親の会、及び、グループ生殖医療と差別の佐々木和子です。
私は1982年生まれの長男元治がダウン症候群だったことから1985年に京都ダウン症児を育てる親の会を立ち上げ、「ともに生きる」を活動の柱として、35年になります。元治は小学校、中学校と地域の普通学級に通いました。2018年4月から日本自立生活センター(JCIL)自立支援事業所の支援を受けて、地域で自立生活をしています。専門家は、ダウン症は重度の知的障害、と言います。が、仕事と趣味を両立させ、自立生活を楽しんでいる彼は、とても丁寧に生きていて、「人はかくあるべき」といつも感動させられています。
私が出生前診断である羊水検査のことを知ったのは親の会を発足させた翌年です。羊水検査というのは羊水に浮遊している胎児の組織片で染色体の検査をします。胎児がダウン症であると知ってどうするんだろうという疑問を持ち、そこから、私の出生前検査について考えることが始まりました。羊水検査は1968年に導入されていますが、私が妊娠した当時は、まだ、検査技術が未熟で手間と時間がかり、わかるのは、ダウン症と数種の代謝異常だけでした。私は、医師から検査を知らされることなく、出産しました。検査を知らずに産んだことがどんなに良かったか、という思いが今までの運動を支えているんだと言えます。

「母体血清マーカー検査」の出現
大きく動いたのは1996年の「母体血清マーカー検査」の出現です。子どもの出生が減少する中、産婦人科医に「儲かる検査」として売り込みが報道されました。この検査は、母体血の科学的成分を測り、ダウン症、18トリソミー、神経管閉鎖不全症の3種のみを見つけ出す検査で、確定検査ではなく結果は確率で出てきます。羊水検査のように、お腹に針を刺すこともなく、採血だけでできる簡単な検査というふれこみでしたが、生まれようとしている命を選別する検査が、当たり前のように市場に出てきたことにとても驚きました。
私は親の会を発足させた後、沢山の相談を受ける中で、ダウン症と診断された直後の戸惑いが、育てる中でかわいくなり、子どもから学ぶことがとても多く、この子を産んで良かったと言うお母さんの声を沢山聴いてきました。この声を集めて社会に届けなければと、1996年、親の会でアンケート調査をし、「ダウン症産んで良かった8割」の結果を持って、当時の厚生省に乗り込みました。
アンケート調査をきっかけに、旧優生思想を問うネットワーク(現グループ生殖医療と差別)に加わり、他の障害者団体と一緒に、運動を展開しました。厚生省は「先端医療評価部会」を開催し、障害者団体からのヒアリングも行い、私は意見を言う機会を与えられました。審議の後「母体血清マーカー検査」は確定診断ではなく、不確かな確率として検査結果が出てくるため、厚生省も、「あえて検査を知らせるべきではない」との見解を1999年に出しました。私は母体血清マーカー検査に対する審議だけではなく、出生前検査に対する審議も継続されるもの、と思っていたのですが、そこはなく「尻切れトンボ」状態で終わったのです。でも、見解がでたことは一定の評価できる結果でした。

新型出生前検査(NIPT)の出現
2012年には「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」(NIPT)の検査技術が加わりました。
この検査は妊婦の血液中に存在するDNAの断片の量を測定し、赤ちゃんの染色体の数の異常を検出します。日本産科婦人科学会は、2013年4月から臨床研究として5年間の期限を設け、限定機関で試験的に提供されました。毎年、検査数と陽性の数、ダウン症との確定診断の後、ダウン症と分かった人の9割が中絶との結果がマスコミ報道され、私たちを傷つけてきました。この検査も非確定的検査で、高齢妊娠には精度の高い検査結果がでますが、若年層には精度が下がるため、対象を35才以上と年齢制限を設け、21,13,18トリソミーに限定していました。
しかし、2018年、臨床研究に限定している指針を見直し、一般診療に踏み切る方針を固めました。NIPTを一般診療化する理由に、「女性の選択肢の確保」や「妊婦のニーズ」があげられていますが、現実には、多くの女性達が、検査を受けるかどうかに悩み、検査の結果を受けて葛藤し、障害を理由に中絶を選んだ場合には心身の傷を抱えて苦しむ人たちも沢山います。
私たちは繰り返し、日本産科婦人科学会に出生前診断の問題点を意見書にして提出してきました。2019年3月には、13名の呼びかけ人に対し、37団体、約200名の賛同を得た「受精胚へのゲノム編集と出生前診断に関する声明文」を、5学会、厚生労働省、文部科学省へ提出しました。
厚生労働省はNIPTを一般診療化するための学会指針に対し、「命の選別につながる診断を強制力のない学術団体の指針だけで進めるには限界がある」と、専門委員会を設置し、検討をしてきました。2021年3月31日、これまでの「積極的に知らせる必要はない」とする方針は適切な解決策であるとは言えないとして20年ぶりに見解を改め、妊娠・出産・育児に関する支援の一環として、国や自治体が妊婦らに検査に関する情報を提供するのを容認する報告書を大筋でまとめました。正確な情報を提供することで、無認定施設に妊婦が流れないようにするのが目的、となっています。統計を取っている認定施設での検査数も増え続けており、ダウン症と診断された妊婦の9割が中絶している検査を、支援の一環として提供する、これは国がダウン症のある子どもは生まれなくても良いことを容認したに等しいことです。この方針はダウン症だけではなく、今後、全ての障害が対象になっていくことを示唆しています。すでに受精卵の遺伝子検査も拡大しています。

本の紹介
ここで一冊の本を紹介したいと思います。「複製されるヒト」著者はリー・M・シルヴァ-。1997年に書かれています。クローン羊のドリーが誕生した年です。日本での出版は1998年です。私が印象深く記憶している内容は「遺伝子工学が進み、生殖遺伝学者がその技術を利用して人間の遺伝子の改良(本文まま)を可能にし、その結果、富裕層がお金をかけて遺伝子改良を繰り返してリッチジーン階級を作り出し、ナチュラル階級とのギャップは広がり続け、階級間では交配不可能になる」と、いう内容です。私は読んだ当時から、その部分が頭から離れず、ゲノム編集の研究に拍車がかかる「クリスパー・きゃす9」(2012年)が出てきた時には、ついに来たか!という感じでした。本が書かれてからわずか15年です。今回久しぶりに読んでみて当時、気付かなかったけど、今、ひしひしと思っている文章を見つけました。プロローグの最後「いずれにせよ生殖遺伝技術の使用は避けられないというのが私の意見である。それをコントロールするのは政府でもないし、開発した科学者でもない。いいことも悪いことも含めて、新しい時代はそこまできている。個人の思惑にかかわらず、世界中の市場がそれを押し進めることになるだろう」という文章です。人間の本能なのか、純粋に知りたい欲求と、わかったことをお金儲けに利用する構図は、資本主義社会であろうと共産主義であろうと変わらないのは今の世界状況をみても良くわかります。
私は「血清マーカー検査」という命の質を選別する検査が市場に出てきた時から、本格的に出生前検査に反対する活動を始めたのですが、しばらくして生殖技術はお金儲けの為?と思い始め、学会への意見書にも書いてきました。でも、この本を読み、とっくの昔からこの構図の中で生殖技術は進んできたんだと確信に至りました。私は学会や国ではなく、市場を相手に闘ってきたのだと、改めて「こりゃ、無理だったはずだ」と思ってしまいました。すでに、約1千万円かかる着床前検査での胚の選別は行われていますし、2千万円もの費用のかかる生体間子宮移植も容認されました。
私は市場を相手に闘うことをやめようと思っています。

親亡き後
で、話はころりとかわります。私は親の会を立ち上げて以来、相談活動を続けています。定期的に対面でしていますし、何かあればいつでも電話で受けます。今はメールでもラインでも受けます。親の会も35年続けていると相談内容は多岐に渡ります。学ぶことも多くあります。
検査が普及してきているとはいえ、年間の出生数から計算すれば、日本はダウン症の赤ちゃんは沢山生まれているので、相談活動はとても重要な役割を果たしています。ダウン症と診断され、戸惑っているお母さんに寄り添い、成長とともにその時々に相談を受けるわけですが、障害があるとわかった時から親心に一番のしかかるのは「親なきあと」です。学会が妊婦のニーズにあげている不安です。
出生前検査反対の活動をしていると、マスコミからの取材もあります。質問の中には「佐々木さんは親亡きあとについてどう考えていますか」と聞かれることもあります。初めの頃は「親の会は社会を変える活動なので、頑張ります」みたいなことを言ってました。活動を続けていると、「親の会の活動では、社会を変えることなどできない」ことに気付き、「私が死んで、元治が野垂れ死んだら、それは政治の貧困、社会の貧困です!」と居直るようになりました。この回答の方がうけました。
そして、やっと、具体的回答として「地域での自立生活です」と言えるようになりました。元治は地域での自立生活を35歳で始めて4年目になりました。今使える制度を元治に合わせて最大限使っての生活です。知的障害があってもできるのです。制度も不十分とはいえあります。制度を充実させるために、地域での自立生活をみんなにして欲しいと思っています。制度が充実すれば、妊婦さんの不安も減り、出生前検査を受けなくても良くなると期待しているので、これからは自立生活を広げ、介護者の生活保障や誰もが使える制度を充実する活動に力を入れようと思っています。制度の使い方と元治の生活を綴った本も出版しました。(佐々木和子・廣川淳平編著解放出版社)

障害も病気も全ての生物にとっては当たり前のこと
私は、我が子が21番染色体を1本多く持つダウン症候群であったことから、自分の身体の中で何が起こったのかを紐解いてきました。ダウン症は生殖細胞の減数分裂(2対ある染色体を1対に減らす)の失敗なのですが、そのことを知った時、自分がダウン症の子どもを産んだことは自然なことなのだと納得しました。そして命の誕生、地球誕生にたどり着いたのです。46億年前に誕生した地球という星が、たった一つの命のもとを作り、約38億年という長い時間をかけて育み、多様性を持ってきた生物。生物が多様に変化してきたのには、生物が地球上で存続するのに必要だったことで、その過程で持った、病気や障害とは付き合い、折り合いをつけながら生きていくのが全ての生物としての当然の有り様なのです。そのことは元治との生活をする中で私が一番、腑に落ちたことです。
人間も地球上に存在する一生物にしか過ぎません。その人間が出生前検査という技術を用いて、命の質を選別し差別と偏見を助長する、その行為と技術に対し、強く反対します。現在、世界的に生殖技術に対する特許の取り合い、人体の資源化等、何でもありになってしまった市場に、一般市民が十分な情報を得られないまま、翻弄されてしまっていることに、大きな怒りを感じています。

おわりに
ダウン症の元治との生活はこころ豊かで、学ぶこと、考えることが多く、私の人生に充実を与えてくれました。いつも正常であることが求められ、健康であることを強いられることが、本当に人社会をこころ豊かにするのか、互いを認め合える社会となるのか、原点に立ち戻り、考えていかなければならないのではないか、と思います。
国連・国際障害者年行動計画は、「ある社会がその構成員のいくらかの人々を締め出すような場合、それは弱く、もろい社会である」とし、障害の有無にかかわらず「共に学ぶインクルーシブ教育、共に生きるインクルーシブ社会」の構築を謳っています。そして、障害の定義をその人固有の欠損、欠陥であるとする「医学モデル」から社会との関係から生じるとする「社会モデル」に転換し、社会そのものが変わらなければならないとしています。
そして、今、「障害の人権モデル」へと移ってきています。2006年12月に国連総会で採択された障害者権利条約では、国が犯してはならない人権と同時に、国が積極的に実現しなければならない人権プログラムの双方を含んでいます。日本政府は2014年に障害者権利条約を批准していますが、条約に則り、誰もが検査を受けなくても安心して子どもを産み、育てることのできるインクルーシブな社会の構築に力を注いで欲しいと切に願いながら、私も活動を続けていきたいと思っています。

追記
 障害者権利条約:国連が日本に勧告 障害児分離教育中止を
  日本が2014年に締結した障害者権利条約ですが、条約をきちんと守っているか、国連が各国を審査することになっています。 日本政府の審査は2022年8月22日~23日スイスで行われました。各国から選ばれた18人の「障害者権利委員会」は政府の主張だけでなく、当事者の声も聴いた上で判断することになっています。日本から障害者ら100人が参加し当事者の意見を直接届けました。
(共同通信社現地取材記事より)
国連の障害者権利委員会は9月9日、8月に実施した日本政府への審査を踏まえ、政策の改善点について勧告を発表した。障害児を分離した特別支援教育の中止を要請。中止に向け、障害の有無にかかわらずともに学ぶ「インクルーシブ教育」に関する国の行動計画をつくるよう求めた。勧告の拘束力はないが、尊重することが求められる。これに対し文科省永岡桂子文科相は、特別支援教育は中止せず包摂教育を進めるとした。                          (京都新聞記事より)
 日本はともに学びあうことをせず、世界からも遅れた教育現場に固執したことになります。
 「京都ダウン症児を育てる親の会」は発足当時より、交流、情報収集・提供とともに「ともに生きる」を活動の柱として活動してきました。 できるだけ地域の普通学級で学び、地域で生活し続けることを実践してきました。政策・制度という大きな壁に阻まれて、常にうまくいったわけではありません。
今回の国連の勧告内容は、私たちの子どもたちだけでなく、誰もが生きやすい社会を造るために欠かせない内容です。 文科省は障害者権利条約に謳われている合理的配慮が理解できていないようですが、私たちは誰もが生活しやすい社会造りをめざし、今後も活動を継続していきます。