八木 和志(母 真由子)
1/12はたちを祝う記念式典に出席しました。出席連絡は電話で付き添いありと伝えて、私(母)も一緒に参加してきました。何人付き添いますか?と聞かれたので、両親等で付き添い参加も可能です。入口付近がいいですか?、お友達と一緒に座りますか?等も聞いてくれます。事業所先のお友だちと午前か午後のどちらかを前もって合わせておいたので、一緒に参加することができ、素敵なひとときが過ごせました(暗くて本人ほぼウトウトしてましたが)。車で行く方は駐車場⇔3階会場を係の方が大きいエレベーター経由で案内してくれますが、1階のイベント会場に行きたい方は寄りそびれないよう注意が必要です。イベント会場では懐かしの給食メニューや餅つき、お茶の振舞い、写真撮影場等がありました。撮影場で並んでいると、前に並んでいた子たちが同じ小学校だったようで、声をかけてもらい、一緒に撮影できたりと記念になりました。
和志は、生まれてすぐは心房中核欠損症、クレチン症等がありました。心房は小学生頃に閉じて、甲状腺はチラージンを飲み続けています。今は近視・乱視、滲出性中耳炎、WPW症候群と自閉症傾向(協調運動障害)もあります。
小さい頃は生後7ヶ月位に保育園に行き始め、風邪をもらっては入院を繰り返し、かわいそうに思うこともありました。私は当時、入院先の病院の附属の看護学校に通っていた(受験と同時に妊娠し1年休学→復学)為、入院中は3年の先輩が実習で面倒をみてくれ、可愛がってもらえたのは救いでした。1歳半くらいにもなると風邪ひいても入院しなくなり頼もしく感じました。
また、主人の仕事の都合で引越しを何度かしました。静岡(6年間)→サンディエゴ(1年半)→横浜(4年間)→小5の夏休み明けから京都に越してきました。環境の変化についていけるのか心配でしたが、おっとり和志は、本人なりに緊張することもあったかとは思いますが、あまり動じることもなく、ほぼ楽しんでいたかと思います。どこに行っても人間関係には恵まれ、可愛がってもらえていたと思います。その点は本当に感謝しています。
北総合支援学校で中等部、高等部を過ごし、卒業後の現在はプエルタ(自立訓練施設)に通っており、3年目を目指しています。3年目の間に本人希望のグループホームに向けて、ショートステイ等に慣れていけたらと思っています。その後はアンパンマン好きの和志としては、パン作りの事業所に通うことが希望のようです。
本人は、まだまだ自分の気持ちを上手く伝えることが苦手だったり、スイミングに小1からずっと通っても(高等部時代中断あり)25m泳げなかったり、アナログ時計が読めなかったり、一度覚えて身についたのに少し経つと忘れる等、本当になかなか前にすすまない事色々あります。また、引っ越しのせいで埋もれてしまったのか、協調性発達障害に関しての診断をしっかり説明してもらった覚えがありませんでした。なので、なんでこんな不器用なのか、こんなものなのか、他のダウン症の子と比べたりしてなんでできないことがなぜ多いのか等、私が悩んだ時期も長かったです。
ですが、そんなこともうどうでもいいですね。彼なりにいっぱい努力してくれてきたと思います。何より穏やかでひょうきんで愛嬌があるのが彼のいいところなので、彼の良さを今まで以上に大事にして、今後も楽しく、一緒に成長の階段をスモールステップですすんでいきたいと思います。これからも出会いに感謝し、楽しく過ごせることを心から願います。

