プラクス株式会社取締役顧問 巽 純子
(近畿大学大学院遺伝カウンセラー養成課程元教員)
みなさんは「ダウン症」と言われて、どのように思われましたか?
「知能がダウンするから、ダウン症?」と思われたり……、あるいは、身近に接する機会がなかったために漠然とした不安を感じたり、「妊娠中の自分の行動が原因ではないか」と自責の念を抱いたり、遺伝によるものかと悩んだり……、さまざまな思いを持たれたのではないでしょうか。
「ダウン症」の正式名称は「ダウン症候群」といいます。「症候群(シンドローム)」とは、共通の原因によって、いくつかの特徴的な症状がセットで見られる状態を指す言葉です。
1866年、イギリスの医師 J. L. H. Down(ダウン)が、一つの独立した疾患(症候群)として報告したのが名前の由来です。当初、博士がこの症状に見られる顔立ちの特徴を「蒙古人(モンゴロイド)」に似ているとしたことから、かつては「蒙古症」と呼ばれた時期もありました。しかし、これは人種差別的な不適切な表現であるとされ、現在は発見者の名をとって「ダウン症候群」と呼ぶのが国際的な標準となっています。
1959年、フランスの Lejeune(ルジュン)らによって、その原因が初めて解明されました。通常、ヒトの細胞内には23対46本の染色体(2本1組のペア)がありますが、ダウン症候群の人の場合、21番目の染色体が3本(1本多い状態)あることがわかったのです。この「3本ある」状態を「トリソミー(トリは『3』の意)」と呼ぶため、「21トリソミー」とも呼ばれます。なお、発見当時は22番染色体が最も小さいと考えられていましたが、後の解析で21番染色体の方がわずかに小さいことが判明しています。
では、染色体とは何でしょうか。
ヒトの体は、たった1個の受精卵が分裂を繰り返してできています。成人の体は約37兆個(以前は約60兆個と言われていました)の細胞で構成されていますが、一部の例外(核を持たない赤血球や、半分の数を持つ生殖細胞など)を除き、すべての細胞に同じ染色体が含まれています。染色体は、いわば「体の設計図」がまとめられた本のようなものです。そこに書き込まれた個々の情報を「遺伝子」、その情報を記録している物質そのものを「DNA(デオキシリボ核酸)」と呼びます。

図1からわかるように、21番染色体は最も小さい染色体です。そのため、そこに含まれる遺伝情報の量も他と比べて少なめです。したがって、他の大きな染色体に変化がある場合に比べ、胎児が成長し、生まれてこられる可能性が高くなります。他の染色体でもトリソミーは起こり得ますが、多くの場合は生命維持に不可欠な遺伝子に大きな影響が出るため、着床しなかったり、初期のうちに流産となったりすることがほとんどです。統計的には、21トリソミーの受精卵のうち、無事に生まれてこられるのは約20%前後と言われています。つまり、ダウン症候群として生まれてきた赤ちゃんは、それ自体が非常に強い生命力を持っていたこと、そしてお母さんのお腹の中の環境が、その成長を支える素晴らしい状態であったことの証しでもあります。生まれてくることができたあなたのダウン症候群を持つ赤ちゃんは素晴らしい人なのです!!21番染色体が3本もあってもものともせずに、お母さんのおなかの中で生き抜いて生まれてきたガンバリ屋さんなのです。あなたは誇りに思っていいのですよ!人は生まれる時には3兆個の細胞を作っています。それは大体41回細胞分裂をすることに匹敵します。その細胞分裂するたびに1本多い染色体を作り、かつ動かしていくエネルギーも大変なんですから。普通の人より頑張っている細胞を持っているんだなと思ってください。
生命の誕生は約38億〜40億年前と言われています。地球上のあらゆる生物は共通の祖先から進化し、DNAという共通の仕組みを使い続けてきました。そのため、ヒトの遺伝子を大腸菌に組み込んでヒト成長ホルモンを作るといった、生命の枠を超えた技術も可能になっています。
一方で、生命は「親と全く同じコピー」を作るだけではありません。時に生じる「変化(突然変異など)」こそが、生物の多様性を生み、地球環境の変化を生き抜く力となってきました。周りと少し違うこと、親と異なる特徴を持つことは、生命の長い歴史から見ればごく自然で、必然的な営みなのです。
私たちは、遺伝という「受け継ぐ流れ」と、変化という「多様性を生む流れ」の両方の中にいます。染色体の数の違いも、この大きな生命のうねりの中で生じる一つの現象です。 発達のスピードがゆっくりであることは一つの特性ですが、人間の価値は知能や発達の速さだけで決まるものではありません。先天的、あるいは後天的な個性の違いは、地球上の生命が持つ「多様性」の表れです。自然の中から生まれてくる新しい命は、すべてがこの世界にとって必要な、かけがえのない存在なのです。
(図1の解説修正)
これは男性の染色体図(核型)です。1番から22番までは男女共通の「常染色体」、最後の1対は性別を決める「性染色体」です。染色体には縞模様が見えますが、これは染色液の染まり方の違いです。21番染色体は全染色体の中で最もサイズが小さく、含まれる遺伝子の数も比較的少ないという特徴があります。
